広瀬 :今年(2015年)から、がんサバイバーがよりよく生きるために学んでおきたいサポーティブケアとして、『100時間の運動学セミナー』が始まり、まずは、その記念すべき1回目に、辻先生にご講演をして頂きましたこと、本当に嬉しく思っております。誠にありがとうございました!
辻:アンケートの感想を頂きまして、ありがとうございました。
広瀬:「知っておきたい!がんリハビリテーション」というタイトルで、がんリハビリテーションについて、お話をして頂きましたが、がんリハビリテーションと言う名前を初めて聞く方も多く、反響が大きかったですね。
がんを告知された時から運動!?
広瀬:特に、がんを告知されたときから、また、術前から、運動をした方がいいということに驚いた方が多かったです。
がん患者は、術後や治療中も、医師から適度に運動するように言われることが多いですが、実際にはがんになって運動をやめてしまう方も多いということも耳にしたことがありますが、具体的に、がんを告知されたときから、どんな風に運動を始めたらいいのでしょう。
辻:リハビリテーションと運動療法はイコールではなく、運動療法は、リハビリの中の一部です。
がんの患者さんに対する運動療法として一般的に行われるのは、有酸素運動と筋力トレーニング、いわゆる筋トレです。
手術の前、手術の後、化学療法や放射線療法の最中や治療後など、どんな時期でも必要です。
個々の体力に合わせて、どの程度やったらいいのかは、人それぞれ違ってくるので、危険の無いように、担当医に運動してよいかどうか、どの程度まで運動していいか、確認することも大事です。
国立がん研究センターがん情報サービス(ganjoho.com)から、がんの療法とリハビリテーション(*1)という一般の方向けの冊子が発行されていますので、読んで頂きたいですね。
広瀬:これですね。わかりやすいですね。
広瀬 :手術前のリハビリを主に自分でやるとしたら、具体的にどうしたらいいでしょう。
辻:がんの種類や治療方針によって様々です。手術であれば、術式によって、どんなリハビリが必要なのか変わってきます。
手術の前は、何となく安静になりやすいですが、そんなことはなくて、普通に今まで通りに生活して、体力が落ちないように心がけたほうがいいです。風邪をひかないように注意は必要です。
また、散歩やストレッチなど運動療法とともに、手術の合併症を起こさないようなリハビリが大事です。リハビリの内容は術式により様々です。例えば、肺がんや食道がん・胃がんなどの
消化器系のがんでは、おなかや胸をあけなければならないため、手術の後に肺炎が起きやすく、呼吸のリハビリが重要になります。
それから、知識を持つことが大事。病気のこと、治療方針も知っておくことはもちろんですが、手術後に身体面でどんな障害が起きたり、自分がどんな状態になるのか、術後の状況を知っておくことが大事です。術後にいきなり、こんなはずじゃなかったと思わないように、きちんと聞いておきましょう。
広瀬:実際には、説明を受けているはずなのに、本当のことは知りたくないという気持ちもあって、あまり頭に入っていないという人も多いようです。
辻:告知されたときは、ショックかもしれませんが、手術までの間に時間はあるから、徐々に手術に向けて準備をして理解していくことが大事ですね。 一般向けの冊子なども活用して、時間をかけて知っておきましょう。
広瀬:辻先生の医学書を読んだらいいですね。
辻:医療向けで少し難しいかもしれないけれど。HPなどもありますからご覧になって欲しいですね。
→がんのリハビリテーションガイドライン
(公益社団法人日本リハビリテーション医学会・がんリハビリテーションガイドライン策定委員会)
http://www.cancer-reha-wg.com/pdf/1404_cancerreha_guidelines.pdf#search
→がんの療養とリハビリテーション(がん情報サービス)
http://ganjoho.jp/public/dia_tre/rehabilitation/reha01.html
広瀬:わたしの場合は、6年前だったので、まだまだリハビリテーションの情報が無くて、先生の難しい本を一生懸命読みましたけれども、とても役に立ちました。
辻:でも、そこに行き着くまで時間がかかったりしますよね。ネットも情報があふれているしね。
広瀬:そうですね。欲しい情報を探すために、インターネットを見たりして、たまたま見つけた情報は、結構、生活に大きく影響しましたね。がんを経験したLance Armstrongといったアスリート選手ががん患者の運動の重要性を社会に浸透させたことに触発されて、私は抗がん剤中も、有酸素運動を続けていました。
辻:それはすごいですね。
広瀬:でもそのときは、医療者からのアドバイスではないのでエビデンスとしては情報もなかったので、ひとりのがんサバイバーが運動でがんを克服したのなら、私もやってみようという程度です。今思えば、ひとりひとりがん告知前の運動習慣も違うので、あんなにハードに運動して、大丈夫だったのかなと、後になって心配になりました(笑)
辻:体力レベルには個人差がありますからね。
広瀬 :そうですね。それもわかるので、実際、退院してからは、運動がいいと思っている人も多くいらっしゃると思うのですが、どんな風にどのくらい運動したらいいのかと悩む人が多いようです。皆さんが自分で運動を始めるとしたら、リハビリとしては、何から始めたらいいでしょうか。
辻:運動療法ということであれば、散歩がいいでしょう。化学療法中や放射線療法中も、有酸素運動をすることで、体力が向上するだけでなく、倦怠感が減少する、気分が上向きになりQOL(生活の質)が上がるという研究報告が多数あります。
しかし、手術のあとであれば、最初は、手術にともなう合併症や後遺症による体の局所の障害の方が問題なりますので、運動療法よりは日常生活が支障なく行えるよう、例えば乳がんの患者であれば、肩のリハビリを重点的に行きます。入院中や外来受診時に、看護師やリハビリ専門職(PT、OT)から指導を受け、肩の体操をこまめに毎日することです。退院して最初の1ヵ月はそのようなことをしっかりやり、生活に戻ることがリハビリになります。放射線の治療は、肩が上がらないと問題なので、この時期は、傷のケアや、適当に散歩するぐらいで十分ですね。
広瀬:慣らしていく時間ですね。
辻:ボディイメージ(体の左右のバランス、姿勢)も歪んでいることが多いので、鏡をよく見るようにして、矯正していくことが大事です。
化学療法や放射線、再手術、全摘だったら再建術もあるので、治療が一段落するまでは、焦らずにできる範囲でトレーニングをすればいい。日常生活が苦痛なく疲労なくできるようになることを目指しましょう。
広瀬:有酸素運動にお薦めはありますか?
辻:本当に精密にやるのであれば、運動負荷試験(顔にマスクをつけて自転車エルゴメーターやトレッドミル走行をする)で呼気ガス分析をして、有酸素運動に最適な心拍数を算出して、その負荷量で20〜30分の有酸素運動を実施することが推奨されます。しかし、現実的にはなかなかその様には出来ないので、運動強度の目安は、会話は出来るが歌は歌えない程度の運動強度とお伝えしています。
広瀬:ややきついぐらいですね。
辻:そうですね。ボルグスケールという自覚的運動強度というのがありますが、自覚症状は、運動の負荷量と客観的な相関関係があります。ちょっときついなと思う感じを30分程度がいいでしょう。
広瀬:化学療法の時もそのくらいでいいですか。
辻:化学療法の時は、副作用の影響もあり体もつらいので、それより弱めでもいい。まずは毎日の運動の習慣付けが大切です。どうしても家の中に閉じこもり気味になるので、それよりは少しちょっと外に出て気分転換をかねて、人混みでは無いところでやりましょう。この時期は,色々副作用も出ていることもありますし、全てが万全では無いので、理想的な有酸素運動まで行かなくとも、お散歩でもいいと思います。ただ、白血球が低値のとき、熱があるときは、だめです。
広瀬:私は、化学療法中は、自分の好きな運動をして楽しもうと、にウォーキングやエアロビクスをしていました。
倦怠感は楽になるし、前向きな気持ちになるし、本当によかったです。
辻:そうですね。精神的にもいいですね。
広瀬:術後というと、特に乳がんや婦人科系のがんの方で、リンパ節を郭清している患者さんでよく心配されているのがリンパ浮腫ですね。上肢だと、リンパ浮腫がこわくて荷物を持つのも動かすのもこわい、下肢だと、ウォーキングしたいと思っても不安になる、などというお話をよく聞きます。その様な方に、何かアドバイスをいただけたら!
辻:上肢のリンパ浮腫については色々な研究があります。一つの研究では、スリーブして徐々に筋トレを行えば、リンパ浮腫の発症リスクは増加しないというエビデンスはあります。下肢リンパ浮腫についての研究はほとんどないです。
広瀬 :でも、スリーブもリンパ浮腫外来に行かないと買えませんので、そこまで行き着くことが出来ない患者さんもいます。代わりの物として、圧迫感のあるランニング用などのスポーツウェアはどうでしょう。
辻:圧迫されているから多少はいいかもしれないけれど、手の甲まで無いので、そこを自己判断でやると管理が心配ですね。
広瀬 :やはり専門の先生に診て頂けるのが一番ですね。
辻:早めに気付くことが大切です。
広瀨:そのような0期の不安な方が結構多くいるように思いますが、その様な方が安心して運動をやりたい場合は、どうしたらいいでしょう。
辻:弾性ストッキングや弾性スリーブはリンパ浮腫の発症予防になるという明確な根拠はありません。重い荷物やハードなことをしなければ、適度に動かした方がいいですね。また、スポーツなどかなりハードに運動をする人や仕事で上肢や下肢の負担の大きい方は、予防的にスリーブやストッキングを装着した方がいいと思います。
広瀨:そうですね。何事もバランスが大切ですね。
1月30日(平成28年)に、リンパ浮腫1Day講座を行いますが、辻先生には、リンパ浮腫のリハビリテーションというお話をして頂くことになっていますね。とても楽しみにしています。どうぞよろしくお願い致します。
広瀬:では、次の質問ですが、ACS(米国がん協会)の「がん患者の栄養と身体活動に関するガイドライン」や、ACSM(*2)(アメリカスポーツ医学会)の「がん患者の運動療法に関するガイドライン」がありますが、そこでは1週間に120分以上の運動をしよう、2日以上筋トレをしようというというようながんサバイバーに定期的な運動を推奨しています。辻先生もがんリハビリテーションのガイドラインを作られていますね。
辻:それは、ベストプラクティス(*3)のところに、引用しています。
広瀬:日本人向けのガイドラインはあるのですか?
辻:特別なものはないですね。ACSMのガイドラインを利用することで良いと思います。
治療中の人は、義務感のようにやらなくてはというのがあるかもしれないが、あまり運動の内容にこだわりすぎず、リクレーションとして楽しみながら、運動を日々の習慣して体を動かすことが長続きさせる秘訣と思います。
広瀨:運動習慣が無い人に運動しようと言ってもむずかしいです。
辻:運動がストレスになってしまうと逆効果ですね。
広瀨:キャンサーフィットネスの活動をしていて、面白いなあと思うのは、運動がキライ、苦手という人が一番多く参加されるクラスが、ウォーキング教室なのですが、やはりひとりでやるよりも、グループで,しかも同じがんサバイバー同士で参加すると言うことがピアサポートになりこれも大きな効果になっていると思いますが、今では、自ら毎朝ウォーキングやジョギングを日課にされたり、マラソン大会やトライアスロンにチャレンジを楽しまれている方までいるのはビックリします。
辻:それはすごいですね。
広瀨:このように、運動教室を通して、あるきっかけを提供することで、QOLを高めて生活することにもつながりますので、毎回、参加者が参加する度に輝いていくのを拝見するのが本当に楽しみです。そのためにも、がんサバイバーさんが運動を定期的に取り入れていけるよう、これからも色々考えていきたいと思っています。
辻:患者会や病院に出向いて運動教室をやると、さらに輪が広がりますね。

広瀨:そうなんです。病院で開催して下さるフィットネスの会にも出張していますが、病院だと、患者さんにはとても安心感もあり参加しやすいようです。
辻:月1回でも2回でも参加すると運動する意欲が高まりますね。様々ながん種の患者会との連携もできるといいですね。
広瀨:はい、そうですね。がん種もそうですし、お子様からご老人まで、楽しく身体を動かして、運動のきっかけ作りを考えていきたいと思いますし、ピアサポートの場としても、安心できるひとときを提供していきたいと思っています。
辻:運動について患者さんに知ってもらう事、啓発も大切ですね。
広瀬:はい、これからも、がんリハビリテーションの情報をいち早くキャッチして、微力ながらもがんサバイバーさんへの架け橋となり、運動を広めていきたいと思います。
そして、私もひとりのがんサバイバーとして、運動を楽しみ、元気に生きていきたいと思います。これからもどうぞよろしくお願い致します。ありがとうございました。
*1 がんの療法とリハビリテーション
インターネットから、読むことが可能です。
http://ganjoho.jp/data/public/qa_links/brochure/odjrh3000000purk-att/208.pdf
*2 ACSM
ACSM(アメリカスポーツ医学会)のガイドライン
2010 年に American College of Sports Medicine(ACSM)から発表されたガイドライン3) では,全身持久力改善を目的とした有酸素運動と四肢や体幹の筋力増強を目的としたレジスタンスト レーニングに関して,運動処方の具体的な内容とともに,原発巣(乳がん,婦人科がん,前立腺が ん,大腸がん,血液悪性腫瘍,造血幹細胞移植)別,病期や治療介入(放射線・化学療法)別に提言 されている。このガイドラインの中では,「がん治療中・後の運動を実施する際には特別のリスク管 理を要するが,運動の実施は安全である。運動トレーニングは,乳がん・前立腺がん・血液がん患者 に対して,体力・筋力・生活の質(quality of life;QOL),倦怠感の改善に有効である。レジスタン ストレーニングは乳がん患者に対して,リンパ浮腫の合併の有無に関わらず,安全に実施できる。他 のがん患者への運動の効果は十分に明らかでなく,がんの種類・病期,運動の量や内容についてさら に研究が必要である。」と総括されている。(がんリハビリテーションガイドラインより引用)
*3 ベストプラクティス
がんのリハビリテーションベストプラクティス
(日本がんリハビリテーション研究会編集)
辻 哲也(つじ てつや)先生プロフィール
慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室 准教授
慶應義塾大学病院リハビリテーション科 診療副部長
慶應義塾大学医学部腫瘍センターリハビリテーション部門 部門長
1990年 慶應義塾大学医学部卒業
1990年 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室研修医
1992年 同教室専修医
国立東埼玉病院、埼玉県総合リハビリテーションセンター等での勤務を経て、
1998年 慶應義塾大学病院リハビリテーション科医長
2000年 英国ロンドン大学(UCL)・国立神経研究所リサーチフェロー
2002年 静岡県立静岡がんセンターリハビリテーション科部長
2005年 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室専任講師
2009年 慶應義塾大学病院リハビリテーション科 診療副部長
2010年 慶應義塾大学医学部腫瘍センターリハビリテーション部門部門長(兼任)
2012年 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室准教授
現在に至る。
専門は、臨床神経生理学、障害者の運動生理学、悪性腫瘍(がん)のリハビリテーション
【主な免許・資格】
リハビリテーション科専門医・日本リハビリテーション医学会指導責任者
日本臨床神経生理学会認定医
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会認定士
【主な学会活動等】
日本がんリハビリテーション研究会理事長
日本リハビリテーション医学会代議員
日本リハビリテーション医学会がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会特別委員
日本癌治療学会診療ガイドライン委員会リハビリテーション分科会委員
日本緩和医療学会代議員
日本摂食嚥下リハビリテーション学会評議員
日本サポーティブケア学会支持療法委員会がんリハビリテーション部会部会長、Cachexia部会委員
厚生労働省後援 がんのリハビリテーション研修運営委員会委員長
厚生労働省後援 リンパ浮腫研修運営委員会委員長
東京都リハビリテーション協議会委員
東京都緩和医療研究会理事
慶應義塾大学医学研究科 がんプロフェッショナル養成コース担当教官
【主な著書】
癌のリハビリテーション(金原出版)
がんのリハビリテーションマニュアル(医学書院)
骨転移の診療とリハビリテーション(医歯薬出版)
がんのリハビリテーションガイドライン(金原出版)
がんのリハビリテーションベストプラクティス(金原出版)
がんのリハビリテーションQ&A(中外医学社)